第一次泉屋道
 浦山川・土居
      . 2013/01/12     .
   

雪山は怖いので 雪の無い 第一次泉屋道の大屋敷から浦山川・11号線までを探索してきました


2013年1月12日、12:12 浦山地区の県道131号に
駐車をし活動開始。前回は浦山川の左岸を大屋敷
まで探索しました。よく調べてみると第一泉屋道は
右岸だったので 右岸を大屋敷まで行き 復路で
写真を撮影するようにした。
  

         大屋敷から浦山    

もう一度大屋敷に入る。
ここは 浦山川沿いから上のほうにある県道131号の
まだ上まで集落があったようで 石垣が残っている。
県道から下にある集落に行く道が分からなかったが
集落の西から県道に上がる道を発見した。


   

@の地点 廃墟の残る大屋敷 廃墟の下の道が第一泉屋道か? 廃墟から下に下る道を選ぶ
  
この石垣を曲がると谷に出る道がある Aの地点  この先で谷を渡る。 谷を渡ると石垣が続いていた
  
対岸に良い道が付いていたから こちらは道が無いのかと思っていました。所々道が細くなったり なくなっている所もあるが何とか歩く
  
砂防ダムにでる 対岸に乳母御前神社が見える B 砂防ダム 降口に蜂の箱がある 冬に行くべし 砂防ダムを越えると 広い場所がある
  
Cの地点 かなり広い場所で 集落があったのだろうか 今は竹に覆われているところもある Dミツバチの巣と花柴の栽培畑 
  
細い道を通る が 歩きやすい Eの地点 橋が見え 集落がある ここからは 大きな道路になった。
   
         浦山地区         
  
Eに到着したのですが浦山地区は現在の県道131号ではなく住宅の中をまっすな道がついていたようです。
 別子銅山から仲持ちさんによって運ばれてきた銅はここから天和浦まで牛馬で運ばれた。ここに中継場所があったようです。
  
県道から右に行く道を見つけて入る この道かなと思ったが行き止まりだった まっすぐ行くにはこの家の庭を通らないといけない
この道が第一泉屋道のようだが? まっすぐ抜けると 県道が見える 苔むした石垣がいかにも古道のような風情がある
  
         浦山地区から11号線まで      
赤い線は私の歩いたGPSの軌跡です。坪井氏の資料にもはっきり
した線がありませんでしたので試行錯誤をしながら歩いています
結果 赤い線が第一次泉屋道だったのではないだろうかと結論付けました
県道を歩く この先道から下は崖になるので
この辺りに泉屋道が通っていてそのまま県道になった
高速道路の橋脚の下から降るみちがある
写真に写っている地元のおじいさんに話を聞く
果樹園の端を道がついている。
  
門があって 網が張られていたようです。
今まで歩いた果樹園は私道だったのかもわかりません
ゆったりした道路になった 馬でよし牛でよし ここで道が急に折れ曲がっているがまっすぐだった
のではないだろうか?
  
浦山川を抜け@までたどりつかなければならない
@は国道11号線と出会う泉屋道とされる場所です。
坪井氏も土居の郷土史家 川上氏も同じ意見の
所です。
最初は黄色い線かと思い巡らせて歩いてみたが
途中で道が分からなくなって行き止る。
土居庁舎は最近になってこの場所に移転してきた。

@から南に伸びる道は見あたらなかったが
土居図書館で2002年の住宅地図を拝見すると
細い一本の線が見えた。確認すると庭先か軒先を
通るような道があった。
   

この続きは翌日の探索とする