上部鉄管道
下部鉄管道の上方100〜150メートルの所を、上部鉄管道がほぼ平行に走っている。
上部鉄管道の取水口は、更に奥の前赤石の直下付近にある模様だが、未だ確認されてない。
上部鉄管道を歩いて気付くことは、下部鉄管道の沢渡しに使われている鉄管が、全く見られないことである。
木挽平の上方、小足谷の源流付近にある大平山と呼ばれる緩斜地に、土管は残されているが、
沢の部分には石垣があるのみで、鉄管を見ることは出来ない。何故だろうか。
この疑問に伊藤会長(伊藤玉男)が答えてくれた。上部鉄管道では鉄管は使わず、木樋を使っていたというのである。
木樋は長い年月の経過の中で朽ちはて、やがて土に返っていったのだろう。

(下記地図C地点で)この石垣は登山道と交叉した地点の数十メートル先の尾根の上で終っており、
それから先の鉄管道を追跡することは出来ない
  (山村文化4号31ページより)「上・下部鉄管道」 高橋幹著
上部鉄管道は昔の面影を残した道です
下部鉄管道は林道になり かなり破壊されていました。

私の想像では 上部鉄管道は使われなくなって
100年近くなるだろうから藪の中だろうと思っていた

「住友林業の道」として使われているのでしょうか
C〜Gまでは驚くほどの道でした。

「明治35年の地図の道」とあるのは
明治35年制作の「別子銅山測量地図」に記載
されている道で「第2泉屋道」とも思われます。
西赤石山と物住頭山の間の雲が原を越える
ように続いていますが確認されていません。

後日 探索します。


登山口 8:13
C 10:18
D 11:50
E 12:36
F 13:26
G 13:45
H 14:00
I 14:19
J 14:35
登山口 17:47 
  

          下部鉄管道から 上部鉄管道へ         

  B地点の 下部鉄道です。真っ直ぐ
   上に向かって登山道があります。
Cの少し下の登山道で土管のかけらを見つけた
上部鉄管道に土管が使われていた証拠だと思う
C地点の上部鉄管道。住友林業の看板。
左右に鉄管道があり右に行く。Bから15分
   
Cから歩いて10分ぐらいのところで
土管の一部を発見。
掘り出して見た 土管の内径が16cmです。 継ぎ目はセメントで塞がれていた。
セメントが日本で使用され始めたのは、
明治8年頃といわれている
     


上部鉄管道はメンテナンスのきいた道です。
使われなくなって100年ぐらいになるので
藪の中と思っていたのですが住友林業さんの
山の道のようでした。


山ぎわが土がえぐれたのだろう 
土管が現れている。

    地表からの深さは30cmぐらいでした。→
  
見落としてしまいそうですが土管がありましたので掘り出して見ました。
1本の長さが61cmあります。ジョイントされているのでもう少し長いのですが見える範囲の
長さです。
その付近に平地がありました。
ビンや缶が散乱していましたが
缶の字が読める位ですから最近のものですね
マグロの缶詰でした。
   
土管発見 わかりますか 真ん中にあります 土管発見 ほんの少し見えているだけです。 とっても歩きやすい道です。ほぼ水平



土管が割れたような断面です



下の方に転がっていた土管

土管の寸法が測れました
内径17cm 外形20cm 
当時は寸表示だったと思います。
Dの地点  土管が3本 道ではないところに転がっている。
道下なのであり得ないところです。敷設した土管が 道の崩落によって露出することは
よくあることですが道は崩落の様子はありません。  なぜでしょう 
[私の推測]
「ここに敷設した土管がひび割れたか破損したかで水漏れが発見された。新しい土管を埋めたので
古い土管は不要になりその場に放棄した」  少し無理があるかも
  ここから先は土管が見つかりません。土管はこの付近までだったのでしょうか 
   
Eの地点
道がいきなりなくなります。
その先は 絶壁でした。
脇道が付いていましたので回り込んで
反対側にでました。
岩に鉄の棒を打ち込んで棚受けのようにして
あります。この上に土管なり木の水路を乗せて
いたのではないでしょうか?
これから道は険しくなります。
細いところもあります。
真北が西赤石山ですが 
上部鉄管道からは見えません。
   
石積みのところもあります。土管を埋めるには
困難なところも見られこの辺から上流は 
木の水路ではないないだろうか?
道が急に崩れてのり面が出たところがあった。
念入りに土管を調べたが発見出来なかった。
下部鉄管道はこんな場面はすぐに土管が
見つかったのですが。土管でない気がする
笹が道の両脇に見えだした。
  
Fの地点
木に赤いテープが巻いてあり直進する道と 
下に向かう尾根道がある
尾根道の方が人が通るようですが
直進は笹で覆われていた。上部鉄管道は直進
やはり人が通行しないのか歩けなくはないが
笹で覆われていて歩きづらい
G地点でホームページで知り合った
「エントツ山」・「マーシー」両氏と合流。
二人はC地点から「明治35年の地図の道」
を歩いてきた。ホームページはこちら
  
道はあるのだが笹が伸びて前が見えない。
すぐ前を行く人がが見えない。
前赤石山が真上に見える。 地図Hの地点 谷に出た。谷に両岸から石積が
延び中を水が流れるようになっている 
この谷の水も水路に流したのでしょうか。
藪だぞ 笹藪だぞ たまにはこんなところもあったよ。
  
二連橋
谷の真ん中に橋台があります。
一本の橋では渡し切れないので
真ん中に橋台を造り二つの橋にしたようです。
中央に人が見えます
 大きさから見てかなりの高さです。

(メジャーを持っていたけれど計る余裕なんて無いですよなんせ この2人の 後を着いていくだけで いっぱい いっぱいです )

この橋いつまで使っていたのでしょう
谷の真ん中にある橋台がそのまま残っている
その辺の石を積み上げただけのように
見えるが巧みの技なんだろうか?。
  
最終到達点

崖です 絶壁に出くわしました。
ここで終わりにします。
時間もタイムリミットを 過ぎています。
 
周囲の現況
  谷の向こうに水平位置に石垣が見える
  まだこの上部鉄管道が続いているようだ。
  この道が鉄管道でないのならこんな絶壁に
  出ないような道をつくるはずです。
  水の道は ほぼ水平に真っ直ぐに
  通さないと行かないから
  ここに来たのだと思います。 
 
  絶壁の岩に何カ所か削岩機で開けたような
  穴があいていました。
  水路を吊り橋で渡したのかもわかりません。
  端出場導水路のように鉄橋ではないと
  思います。
  
絶壁の向こうの探索は無理でしょう
上部鉄管道の取水口はわかりませんでした 
ここで引き返すのであればあきらめもつきます。

エントツ山さんとマーシーさんがいなければ
ここまで到達出来なかったと思う。感謝

         上部鉄管道から東延へ   

先に水源に向かって探索しましたが 
下部鉄管道から登ってきたCの地点から
東延までの水路を探索します

市庄越と言う地名が残っていますが
Dのあたりだと思います。

Dから尾根づたいに登っていくと
15分ほどで西赤石山登山道にでます。
西赤石山から小足谷に抜ける登山道です


CからEを探索してみます
 
C地点から左に折れます 上部鉄管道は崩れている所もあるが歩ける
D地点です 西赤石山に行く登山道
C地点から30分ほどかかりましたが普通に
歩くと20分ぐらいかと思います
E地点から下に下る道がありましたが
30mほどでなくなる 
藪を水平に移動すると断崖の上にでる。
上部鉄管道はこんな所は通らない
眺めは良かった。
しばらく眺めていると 鹿が群れをなして
移動しているのが見える。
結構早い歩行だ。10頭ぐらいいただろうか?
下の「明治中期の別子銅山」の地図
では四角い会所があるようですが
見あたらなかった。

もう一度探索して 水路跡を発見したい。

          参考資料   

山中における生活用水は、二本の鉄管道
より得られる水によって、充分賄えた様に思われる。
もちろん渇水期における取水の減少もあるだろうし、山中全て
の人が鉄管道の水を利用出来た訳でもない。
一部の水は工業用水としても使われたであろう。
詳しいことは知る術もないが、上下二本の鉄管道を流れる水が、
銅山の稼業と人々の生活に、欠かせないものであったことだけは
疑う余地がない。
山村文化4号37ページより


上・下部鉄管道とも明治8年より同15年頃までの間に造られ、
かつ上部鉄管道の方が先に着工されたことになる。
山村文化4号36ページより


上・下部鉄管道はいつまで使われたのでしょうか。
記録がない
別子山村史に別子山の人口の推移が記されている
明治38年 11186
明治41年  4227
明治45年  3114
大正4年  1431
大正5年   813
明治38年がピークで
大正4年から大正5年にかけて人口が半減している
これは大正5年に採鉱本部が旧別子より東平に
移転した為である。大正5年以降はさほど変動はない。
この人口は旧別子と弟地より下流の別子山の人の合計で
あるから旧別子の人口はほんの数人ではないだろうか
そうなると上部鉄管道は廃止になるだろう。
上部鉄管道を使っていたのは大正5年までかと推測する。
もしそうだとすれば 95年という年月が流れている。


伊藤玉男氏作成の「明治中期の別子銅山」の地図
 上部鉄管道は市庄越から導水で東延の水槽に流れ落ちている。
 この水槽は発見済みです。

 下部鉄管道の水は導水により高橋に落ちています。
 まだ探索していません。