ダイヤモンド水   登山口からの所要時間 45分
 ここから銅山越まで55分
 
 
      高橋熔鉱炉とダイヤモンド水
古くはこの辺りの地名はタカバシであった力/明治12年(1879)頃この対岸に洋式の熔鉱炉が建設されてからはヨウコウロと呼ばれるようになった。ところが戦後(昭和20年代)、別子鉱床の他にもう一層ある金鍋鉱床というのを探し当てるためにボーリング探査を始め、ここでも昭和26年に掘削を行った。予定深度まであと僅かの82mほどの所で水脈に当たり多量の水が噴出しジャミングという事故が起きてロッドの先端部分がネジ切れ、掘削不能となった。ダイヤモンドを散りばめた先端部が今も孔底に残っているので、誰言うともなくダイヤモンド水と呼ぱれるようになった。
明治IO~20年代にかけて対岸の絶壁の上に焼窯という鉱石を焼く所があって、硫黄を取り去った後の鉱石は箱状の桶でこのレベルまで落とし、熔鉱炉に入れて粗銅を採っていた。最盛期にはこの辺り一帯に製鉱課の施設や木炭倉庫がひしめいていた。
       
    案内板で「予定深度まであと僅かの82mほどの所で水脈に当たり」と82mと数字が入っている。
数字だけが一人歩きして、「地下82mから水が噴出している」と勘違いして人が多い。
左の図は 住友鉱山OBの山川氏より頂いたものです。
図面では190mとなっていますが、ボーリング調査は地下400mまで行ったので地下何メートルから噴出しているかは分からないと言う事でした。

 
1966年(昭和41年)撮影
 
2013年10月27日
 ダイヤモンド水から噴出する水の量は一定と思っているでしょうが、その日によって 大幅に違います。 
左記の写真の通りです。
雨の後は多いように思いますが そうでは ありません。
行ってみないとわかりません。
最初は左の写真のようにボーリングの跡そのままだったのですが、管理者が付近にあった塩ビパイプを差し込んだところ、飲みやすいと大好評 現在もそのままになっている。

水温 年間 10℃で 変動なし と言う事である

水質は
PH値=8.78 アルカリ性
硬度=20  とても柔らかい
 六甲のおいしい水=84
 アルプスの天然水=30

2023年11月28日、
         
     

 キレンゲショウマ  2021‎年‎7‎月‎29‎日、‏‎9:46  ダイヤモンド水の花壇に咲きます。

 トイレ 

       
   完成時のトイレ    建設中の風景
       成27年10月22日
  ダイヤモンド水広場にバイオトイレ

旧別子銅山ルートのダイヤモンド水広場に設置している既設トイレが老朽化していたため、環境配慮型のバイオトイレを設置し、あわせて敷地造成、周辺登山道の環境整備も実施しました。
バイオトイレは平成27年10月22日から供用を開始しています。
なお、この施設の建設にあたっては住友金属鉱山株式会社からの寄附金を活用しています。

        新居浜市ホームページより
       
  水源池   

       「木炭庫」と書いているところが
今のダイヤモンド水です。
赤い丸のところに「水」と書いています
そして石積の記号があり南北に伸びています。
等高線が1本10mだから標高で80mぐらい
登ったところです。
点線は道ですが 今は崩れてわかりません。


高僑部落はダイヤモンド水の裏山にあった 30軒ぐらいか  「ヨーコーロ」とも呼ばれていた。
       
   
高橋部落(ユーコーロ)だったので沢山の石垣が残っています
   
       
       
 
   周りを石垣に囲まれた場所がある。
池の跡だろうか? 住宅なら 四方に石崖がない
    こんなものも落ちていた
       
     旧別子には蘭塔場の下の谷に湧き水がある。ここは文献にも載っている。
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高い山の上のことであるから水が不足であったことは言うまでもない。
蘭塔場の登り口にあたる風呂屋谷の左岸に、今も「清水」と言われた水源地が残っており、岩清水が痕々と湧き出している。ここから水を担ぎあげるのが主婦や子供の毎口の仕事であった。

伊藤玉男著 明治の別子 13ページ
       
     
    あった 水が湧き出ている。   水源地だ。 
周りを石積みに囲まれて床は煉瓦で敷かれている。
煉瓦の上を水が流れている。
当時はどれだけの水が湧き出ていたのだろう。
この湧き水のことは 文献で見たことがない。